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2016/04/21

誰も閲覧しないであろう場所でこんばんは。実に2年以上振りの更新のようです。ここ数年は専らツイッターに常駐しています。
読み返すと、前回の更新は高校卒業の時だったようです。5年通った高校も今や2年前……流れる日々のスピードに眩暈がしますね。
いつの間にか初めて掲示板に書き込んでから10年が経ちました。内面は成長しないまま、年齢だけは着実に重ね日々迫りくる老いに怯えています。あの頃は20歳なんて途方もなく大人に感じていましたが、実際自分が20歳になった時はまだまだ子供だと思いましたし、24歳が見えた現在ですら特に何も成長を感じません。何かひとつくらい手に入れたものがあっても良さそうなものですが、そういったものもこれといってありません。捻り出すとすれば退職やフリーター戻りを繰り返しつつやっと一般的は会社員の範疇に収まることが出来そうな職に就いたくらいでしょうか。資格もなく、潰しは利きませんが。
対外的に見れば実年齢は勿論のこと、車があって、働いていて、自活をして……大人と言われる要素はある程度備えることが出来ていると思います。それでも矢張り大人という言葉を胸を張って使うには道のりは果てし無い気がします。
理性的であること、倫理的であること、常識があること、客観性があること、社会性があること……利己的でないこと。きっと理想とする大人という存在には一生なれないのでしょうね。それどころか、今より幼かった頃に漠然と思っていた「なりたくない大人」の姿にどんどん近づいている気がして寒気すら覚えます。意識改革や行動を起こせば良いのでしょうけれど、何を変えれば理想に近付くのかすら分からず、結局このまま厭な人間のまま生き行くのでしょう。あんなに沢山のことを思い、考え、憂い、嘆いてきたのに最終的に行き着くのは嫌いな人間の姿だったとは皮肉なものだ、と自嘲が入ってしまいますね。

中途半端に他人と関わらなければならない仕事に就いてしまったので、大人とは、なんて青いことを考えて仕舞うのかも知れません。
自分の常識と他人の常識、は違うということは百も承知のつもりなのですが、世の中にはそれが分からないひとが余りにも沢山いるので日々驚かされるばかりです。反面教師ではないですが、少なくとも自分が接して厭だと思った相手の様にはならいようにしよう、年齢だけを重ねて大人振らないようにしようと、毎日それだけは再認識しています。逆に対応が良いひと、好ましい相手のように馴れるように精進したい次第です。

相変わらず目的の見えない文ですが、取り敢えず国語力が低下していることだけは痛感したので、たまにはこういった取り留めのない思考をある程度の文章にする作業もしようと思いました。
どんなに心の中で思っていても死なない限りは生きなければならず、生きている以上最低限を維持するには社会と関わりを持たねばならないのが辛いところですね。それが滲み出ているせいで喋ると残念、といった酷評を頂くのかも知れません。正しいお言葉ですが……。
戯言を綴りましたが、明日も死にたい気持ちで、平気な顔をして生きています。

 
01:46 - comments(0)
20140307

こんばんは。忘れないうちに次の記事を書く。
3月1日は卒業式でした。
節目だし、折角の機会だし、ということで袴をはきました。
やはり花柄など華やかで可愛らしい柄の子が大半でしたが、ここは王道でいこうということで矢絣柄にしました。
やっぱ全然いなかった。
でも美容師さんにべた褒めして頂いたし、先生方もいいねと言ってくれたので良かったです
思えば成人式も黄緑という誰も着ていない色柄だったし、目立ちたい気持ちは微塵もないのだけれど……ちょっとずれているのかも。笑
式自体は寒すぎて。。。答辞を読む友人の雄姿くらいは見ようと思ったのですけれど、如何せん視力的にも睡魔的にも見づらくあまり覚えていないという……。
その後の通信制卒業生を送る会ではわいわい出来たので良かったです。後輩がわざわざ来てくれて嬉しかったなー。
校歌を歌うとき少しうるっときたのをこらえ、急に卒業生代表挨拶を振られテンパったりしていました。
入学当初からお世話になった先生と話をして、結局泣きました。自分の卒業式で泣いたのは初めてです。
寒空の中写真撮ったりして、一旦解散。
夕方から飲みに行きました〜。いっぱい喋って、帰り道みんなでじゃれあいながら歩いてすごく楽しかったです。
その後知人に呼び出されてカラオケに行くという無茶っぷり。たまにはいいかな。

大嫌いだった学校。何度も行くのを辞めようと思ったし、実際数えきれないくらいサボりました。
卒業までこれたのは母や、見捨てずに連絡をくれた先生方、友達のおかげです。
以前の記事にも書いたような気がしますが、掛け替えのない友人と出逢い、笑い合い、同じ時間を共有してこれたのはこの先の大きな力になるでしょう。こう書く綺麗ごとでしかありませんが。
今後、都会へ出ていく友人もいますし、自分は仕事なども変わらずですが新たに就職進学する友人もいます。
離れ、それぞれの道へゆく中でも、永く仲良くしていきたいものです。
ね。
がんばろう。

 
02:55 - comments(0)
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